明日の午前中で、一足早く仕事納め。夕方の飛行機で友人夫妻が待つ金沢へ向かい、冬の日本海の魚介類を堪能する予定。大晦日には一度東京に帰ってきて、元旦に今度は妻の実家の広島は呉へ。留学から帰国する過程で1ヶ月ほど旅行をして帰ってきたので、もう当分海外はいいよね、という気分。国内旅行も、宿泊するところさえあればいいよね。
帰国して半年だったが、本当に色々あったなぁと痛感。
何気なくはじめたブログのお陰で、多くの人に出会い、今の新しい仕事に行き着いた。2年間、HBSで勉強に打ち込んだので、何かとネタに使える勲章も取って帰ってくることができた。また、本も出版でき、多くの人に自分の声を聞いてもらい、共感してもらうことができた。これも大きな自己実現。「せっかくHBSで学んだ多くのこと、投資ファンドだと活用しきれないなぁ」、そう何となく思っていたところに出合ったのが、HBSの全てを使っても到底足りないくらいの大きなビジネスチャンスだった。
かつては、自分がどこに行き着くのだろう、そう考えることもあった。しかし、Planned Happenstanceというテーマでも書いたが、もうそのようには考えなくなった。毎日が刺激的で、最高の仲間に囲まれて自分がワクワクできる仕事ができれば、そのプロセス自体がかけがえのない時間ではないか。全力を尽くせば、必ず結果は着いて来る。serendipityを信じることができるようになった今、迷いはない。
新たなる年は、どんな出会いがあるのだろうか。楽しみに思いながら、年を越せそうだ。
23日の土曜はクリスマス・ディナー第一弾。日仏学院のお庭にある、ラ・ブラスリー。市谷~神楽坂界隈の閑静な立地、素朴なフランスのカフェの佇まいであるこのお店は、シンプルで飾らない味、食事中に外で子供を遊ばせておけることもあって、同僚とその家族を交えたこの日のファミリー的催しには格好のロケーション。転職した米系ベンチャーが1年足らずでコケテから4ヶ月ほど、失業保険をもらいながら通ったここ日仏学院、懐かしく想い出しました。
24日の日曜は、朝早く焼きたてパンを買いに自転車出かけて、あとは年末の大掃除と年賀状書きであっという間に一日が終わる。夜は豪勢にも、ここまたお気に入りの寿司屋、学芸大前の芳勘へ。ロマンチックなクリスマス・イヴに、さすがに寿司屋は混んでないだろうとタカをくくったが間違い、大盛況で予約が無ければ入れないところでした。
話は代わって、、、週末、気になった話題。
・ Foreign Affairs誌掲載論文 "Hands off Hedge Funds" (ヘッジファンドは市場全体のリスクを減らすものであり、増やすものではないという論旨)。「ヘッジファンド悪者論」一辺倒の議論に対して、きちんとロジカルに彼らが市場で果たす役割を説明して、一石を投じています。なんせ、超一流誌のフォーリン・アフェアーズなので。詳しくは、また機会を見つけて論じることとしましょう。
・ あとは、教育再生会議座長の「塾廃止を検討」といったニュース。正直、センスの無さに呆れてしまいました。きちんと背景などを理解していないのですが、額面どおりに受け取ると「公立の食堂がまずいので皆が民間のレストランに行っている、これでは困るので民間のレストランを廃止しよう」という議論と同じにしか聞こえない。これは原因と結果を取り違えており、本末転倒という気がする。これを見て、教育再生を論じる人間として大学の先生の適正を疑ってしまいました。利用者の視点がまったくないよ。
そんな、諸々のことを考えた、クリスマスウィークエンドでした。
追記: 土曜の日経3面の下に大きく書籍の広告が出ました!お陰で、アマゾン+リアル書店での売れ行きがまた伸びている模様。しかし、夏に取った半そでの写真を、この季節に使うのもいかがなものかと・・・
よく聞かれる質問の一つが、「なぜお前はHBSで優秀賞(上位5%)を取ることができたのか?」というもの。「いやいや、まぐれです~」と謙遜してみてもよいのですが、これでは余り示唆がないので、自分なりの分析・理解を、以下書いてみます。
まず、HBSでは「成績」は基本的に
① 授業中の発言(質×量): 約50%
② 学期末試験: 約50%
で評価*されることになっています。
* 各コースについて、この点数をベースに1(上位15~20%)、2(真ん中)、3(下位5~10%)の三段階に分ける。これらの三段階評価の積み上げをベースに、全体で5%以内に入った人間がBaker Scholarとなる、という仕組み。大まかな目安としては、全体の70%以上が1であれば毎年もらえているようでした。
① 授業中の発言(質×量)
(i) 発言の質
発言の質については、「クラスメートの議論を一歩前に進めるような発言」であるかどうかが基準。そのためには、皆とは違う視点で「オモシロい」ことを言うことが大切。そしてこの「オモシロい」ことを言うためには、二つのことが必要だと感じた。
a) 予習の量
本文と添付の細かいデータなどを丹念にみて、意見の整理やきちんと裏づけをもった分析がなされていることが大切なのですが、これには時間がかかる。一つのケースでも平均2~3時間はかかると言われているので、きちんと時間を取ってまじめにやるかというのが重要。
b) 視点のオモシロさ
視点については、これが難しいし色々なやり方があるのですが、僕の場合は「大勢とは違うことを言う」ということを意識していました。授業が80分のところ、最初の40分くらいは議論を注意深く聞いている。ある程度流れができて、理解できたところで、その流れとは異なる新しい議論の流れを作るような発言を試みる。具体的にはかつてブログで書いたことがあるのですが(ハーバード留学記「insightとは?-2005/9/26」)、「定性的な議論が多いときは、データをグリグリ分析して定量的なファクツで勝負する」とか、「細かい議論になっているときは、レンズをぐっと引いてビッグピクチャーの議論に戻す」とかいったところです。これはBCG社内でいう「オモシロサ」と似ていて、御立さんの本でも色々書かれているところ。
(ii) 発言の量
最初の学期は皆がわれもわれもと手を上げているのですが、これが冬学期になり、そして2年目になると、段々皆の熱意も下がってきて、さほど予習しないで授業に臨む人が増えてくる。その中で、2年生の最終学期の最後の授業まで、集中力を切らすことなく、毎日予習を続ける。そして、「もういいかな」と思わず、しつこく手を上げ続ける。何気に、この「根気」が一番難しく大切なものかもしれませぬ。
② 学期末試験
試験もアカデミックなものではなく、実在の企業の事例が渡され、「当事者は何をすべきか?現状の問題分析と解決策・アクションプランを示せ」という問題がなされる。約4時間半でケースをダウンロードして印刷してから、エクセルなどを使って分析して、回答を書きあげるというもの。これも例えるならば、社長に呼び出されて「こういう問題があって、どうすべきか分析と提案を書いて欲しいんだけど」と言われて、4時間後までに準備する、そういった実際のビジネスの現場(こんなに短時間でまとめることは少ないでしょうが)とも似ています。
とはいえ、試験は一発勝負なので、評価基準を読み違えて全然違う回答を書いてしまい、あっちゃーという成績をもらうことも前半戦何度かありました。それからは、どれだけ試験でコケテもなお総合で上位の評価がもらえるよう発言で頑張ろう、そういう風に臨むことにしました。
以上ですが、少しは参考になりましたでしょうか?
すっかり年末になってしまいました。風邪が流行っているようですが、ご自愛ください。
Everyone have a happy weekend!
僕は小さい頃から運動神経は悪くなく、小・中はサッカーに明け暮れていたのだが、高校に入ってからはすっかり目が悪くなっていたので(かつコンタクトはまだしていなかったので)、サッカーは続けられなかった*。その後、友人の誘いでハンドボール部に2週間くらい入ってみたこともあったが、性に合わずにすぐに辞めた。
* 中学の最後の方は練習は眼鏡をつけてやっていたので、よくボールが顔面直撃して眼鏡を壊された(涙)。それでも一応レギュラーだったので、試合には裸眼で出場していたのだが、遠くでプレーが行われていると何が起こっているのか、ぼんやりとしか見えない。「お前は目がそんなに悪いのによくそれだけプレーできるな」と、チームメイトに変な褒められ方をされたこともある。
しばらく、友人とバンドをやってみたり、ぷらぷらしていたのだが、2年生に入ってから、一つのものに打ち込み始め、途中からは朝から晩まで明け暮れた。
それが、麻雀。(もちろん、お金は賭けていませーん ということで)
我々が気に入ってたのはカード麻雀。一人の机を4人で囲み、すぐに始まる。早いもの順なので、朝は7時半くらいに登校。休む時間のたびに始まり、先生が来ると打ち切り。放課後も、ずっとやっていた。高校生が出入りしても目をつぶってくれる雀荘もあったので、たまにそこに行き、終わってからカラオケに行って遊んでいたが、メインはあくまで携帯可能なカード。修学旅行の新幹線でもすぐに始まるし、いつでもどこでも局が開かれていた。
校内ではもちろん禁止されていたのだが、さすが中高一貫の進学校はすごくて、オトナに混じってフリー雀荘で活躍しているという噂の雀鬼が何人かいた。勝負の判断力や引きの強さ、卒業してからも麻雀はたまにやるが、あんなにすごいばくち打ちはいまだに見たことが無い。
ゲームの要素もあるのだが、それ以上に楽しかったのは、やりながら皆で色々おしゃべりできたこと。ゴルフのラウンドを周るのに似ていたのかも知れない。ときには青春の悩み話をしたり、受験の心配ごとをしたり、家族や友人の話をしたり。今思い出しても、おやつを食べながら机を囲んで過ごしたあの時間は至福のときだった。
先週末は、仲間の一人が留学先のアメリカから一時帰国中だったので、久々に東急ハンズにカード麻雀を買出しに行き、一人の家でおやつを食べながらやった。とたんに、10数年前に戻った気分で、終わってから大井町でもつ鍋をつまみました。ちなみに、私は麻雀はと・て・も弱いです。勝負時が、分からないんだよね~
「ハーバードMBA留学記」はお陰さまで売れ行き好調で、発売開始数週間にして既に3刷まで決定。ブックファースト渋谷店など一部の本屋ではかなり大々的に展開してくれているようで、平積みの様子を目撃した友人たちから「なんか自分のことのように嬉しかった」と喜びの報告が入ってきており、それを聞いた僕もまた嬉しい気持ちになる。自分の声が多くの人に届き、多少なりとも共感してもらえることの喜びと、そんな自分の小さな「成功」をともに喜んでくれる友人たちがいることに、幸せだなぁと感じる。
内容については色々なところで取り上げられ始めており、年明けにも一部雑誌などで書評が載るのですが、これまでのところで特に嬉しかったご紹介は二つ。
まずは、ニューヨーク在住の弁護士で、ブログ「ふぉーりん・あとにーの憂鬱」で一世を風靡した47thさんこと、中山先生。年末に帰国されるし、彼が所属する事務所には以前からお世話になっているので、帰国後はついに仕事でご一緒できるかも!と今からワクワクしているのですが、彼が引越しのバタバタのさなかに書いてくださった書評:
*****
この本は、岩瀬さんが、ハーバードのMBAに留学していた時に書かれていたハーバード留学記というブログを再編集してまとめたものということで、個々の内容は既にブログで公表されたもので、その意味で当時ブログを読んでいた人には目新しさはない・・・はずなのですが、これが意外なことに、改めてテーマ毎にエントリーがまとめられて紙ベースになると、当時から岩瀬さんが一貫して発信していたメッセージや、その成長の軌跡というのが、よりはっきりした形で伝わってきます。
この辺りは1回当たりの記事の長さに自ずから限界のあるブログに対する紙ベースの出版物の利点かも知れません。
逆に惜しむらくは、当時の彼の記事に付されたコメントやTBを通じたやりとりを追うことができないところや、ハーバード留学記を彩ったボストンの日常を切り取った写真の数々がない点で、この辺りのダイナミズムが失われてしまうのは、紙ベースの弱点かも知れません。
いずれにせよ、ブログ時代の読者も、この本ではじめて岩瀬節に触れることとなる方も、十分に楽しめる本ではないかという気がします。
(ふぉーりんあとにーの憂鬱 - 「引越終了と「ハーバードMBA留学記」紹介」より)
*****
そして、もう一つ。昨日のビッグ・ニュースだったのですが、ウェブ進化論で有名な梅田さんが、ブログに書評を書いてくださりました!以下、引用:
*****
僕自身は米国の大学に留学した経験がない。
大学時代から強烈な留学願望があったが、経済的事情などなどで結局それは叶わなかった。米コンサルティング会社に入ってからは、「留学したつもり」で社内転籍に申し込みサンフランシスコオフィス修行したりしたけれど、やっぱり若いときの留学は羨ましいなと、岩瀬大輔「ハーバードMBA留学記」を読んで改めて思った。
(中略)
本書は30歳の岩瀬が、起業への道を歩む直前の一区切りとして、ハーバードビジネススクールという「資本主義士官学校」で感じたこと、彼が二年間学んで得た現代的視点で「絶対に書いておきたい」と感じた「現在の米国」が切り取られている。「ユビキタス・アントレプレナーシップ」「「民」と「公」が交差するところ」「ファンド資本主義」といった章立てにも、そんな新しいセンスと気概があらわれている。
一読の価値ありと思う。
(My Life between Silicon Valley and Japan - 「1976年生まれの米国「資本主義士官学校」留学記より」)
*****
梅田さんはもともとは僕が一方的にトラックバックを送ったところ、ブログを読んで頂けるようになり、今年の4月にサンフランシスコを訪れた際に友人の紹介でランチをご一緒させて頂きました。鋭い視点と分かりやすい語り口、気さくなお人柄に感動。卒業後の進路でベンチャーに挑戦するとお伝えするととても喜んでくださり、半年先のスケジュールまで埋っているという超多忙のなか、きっとより多くの若者の起業を支援したいという思いから、ご紹介頂いたのだと思っています。
最近、色々な方とお話しすると、「ブログは全部読んだので買っていない」という方も結構いらっしゃるのですが、本にまとめたことによってまた違う読み物になっていると思っています(失われたものもあるのですが)。まだの方は、ぜひ一読くださいませ!
何度か告知していましたが、土曜日はRTCカンファレンスなる大・勉強会にスピーカーとして参加。これがとても刺激的だったので、以下ご報告(より詳細のレポートは、主催者の一人である上原さんのブログをご参照)
会場はコンサルタント時代にクライアントでもあった、BMGファンハウスの旧自社ビル@恵比寿。来たことあるよ、ここ。会場となった地下のauditoriumは、180名は入る階段状のホール。壇上にはスピーカー用の机と椅子 が ある訳でもなく、マイクを持って立って歩き回りながら喋る。気分はアップル説明会のときのSteve Jobs。
テーマは、「2006年を振り返る~モバイル・インターネット・金融・経済」というもの。前半のゲストは、DeNaの立役者の一人で、最近ではモバゲータウンなるサービスを9ヶ月で200万人まで持っていった守安さんと、元ライブドア副社長の伊地知さん。両名とも、先月の宮崎カンファレンスでお話されていたのだが、今回もまた「Web2.0をどうやってmonetizeするか?」から「ケータイSNS」「ブログ炎上」などのテーマについて、興味深いお話をされていた。
後半は、保田君がモデレーターとなり、ライブドアの監査人を勤めておられた会計士の田中さんと僕の二人で金融ネタを議論。話題は村上ファンド事件から格差社会にわたり、ハーバード時代によく議論した「本当の意味での成功とは?幸せとは?」といった話まですることができた。
ベンチャー関係の方々の前で話をするのは初めてだったのだが、結構ウケタ話が「オールドエコノミーとベンチャーの断絶と融和の必要性」ということ。後の懇親会においても、何人もの方にこの話がよかったと声をかけて頂きました。
前々から感じていたのだが、米国と違って、わが国では大企業とベンチャーの人々の相互にrespectがなく、どこかでお互いを小ばかにしているような印象すらある。しかし、本当に骨太の事業は、成熟したビジネスの中に新しい技術やアイデアを投入することで産まれるし、メインストリームのビジネスをよく分かっている成熟した経営者と、若さとスピードがある若手がタッグを組むことによってこそ、本当に大きなものが創れるのではないか。だから、今後はこの壁をなくしていくよう、努力すべきだ、ということ。
僕自身が取り組んでいる生保事業、個人的にはこのような「融和」を目指していることが、一番気に入っている理由。生保というとても成熟した、古い事業に、新しいIT技術を持ち込むことで革新的なビジネスモデルを作り上げる。業界を知り尽くした老練の経営者と、業界はど素人だがスピード感を持って新しいことにチャレンジしていける若手(≒一応、ワタシです・・・)がチームを組んでやっていく。株主もアドバイザーも、新旧の融和を図っていく。こうすることによって、本当の意味での骨太のベンチャー、大きな事業を作れるような気がしている。
人は異質なる世界との対話を通じて刺激を受け、成長をし続けることができる。今回は、僕自身モバイル×ネット×金融の融和について、考えるきっかけをもらった。このような良質な勉強会が無料で開催されていることをはじめて知って、なぜもっと多くの人が来ないのだろう?もったいないなぁ、と思ってしまった。僕も、できるだけ次回から参加するようにしよう、そう決めた。終わったあとの懇親会でも、これからお付き合いできそうなお友達が、何人かできました。皆さんも、ぜひ機会を見つけて、「外」に出よう!
友人の依頼で、ビジネスマン向けのメルマガに書評を書きました(本の宣伝を最後にさせてもらう代わりに)。かなり長いのですが、転載します:
メルマガ「クリエイジ」第127号 2006年12月18日
目次
1.ビジネス書「マーケティング」書評
2.人生で感銘を受けた本
[編集後記]
1.ビジネス書「マーケティング」書評 岩瀬大輔
○「すべては消費者のために。-P&Gで学んだこと」和田浩子著
トランスワールドジャパン社 2006年7月
http://www.creage.ne.jp/app/BookDetail?isbn=4925112775
最高のビジネス教育は、理論やフレームワークを整然と並べた教科書を読むことではなく、生身の当事者が複雑に入り組んだ現実に直面し、悩みながら困難を乗り越えていった体験を共有することによってこそ得られる。ケーススタディを教授法とするハーバードビジネススクールでの2年間の留学生活を通じて、私はこのことを学んだ。
生理用ナプキンのウィスパー、シャンプーのリジョイ、紙おむつのパンパース、消臭剤のファブリース。本書は、このような我々にとっても馴染みがある消費財商品を題材としたマーケティングのケーススタディ本である。P&Gのブランドマネージャーとして各商品の損益責任を負った著者が、試行錯誤を通じて戦略を練り、それを成功裏に実行していく様子が詳しく描かれている。教科書の類でよく目にするマーケティングの基本原理を、プロのマーケッターがどのようにして現場で実践し、大きな成功を収めたか、臨場感を持って学ぶことができることが、本書の魅力だ。
私はこの夏に留学先のアメリカから帰国し、現在はインターネットを主要な取引チャネルとする新しい生命保険会社の立ち上げに取り組んでいる。この新規事業の成功の鍵を握るのが、いうまでもなく新契約者獲得のためのマーケティングである。参考になりそうな文献を求めて訪れた書店で、当初はウェブマーケティング関連の書籍をいくつか手に取ってみたが、いずれも技術的な手法の解説に止まっており、消費者ニーズや提供価値、商品ブランドのポジショニングといったマーケティングの基本に沿って書かれているものは少なかった。そこでネットビジネスといえども、従来型のリアルなマーケティングと本質においては何ら変わらないことに気がつき、場所を変えて再度本を探し始めた。探していたのは、一見すると「ネット金融サービス」からは程遠い、「コテコテの消費財マーケティング」の本であり、そのとき目に止まったのが本書である。P&Gの元幹部による本だと知って即座に手に取り、ページをめくるごとに惹き込まれていった。
広義のマーケティングとは、宣伝広告などのプロモーション活動に止まらず、商品開発から生産、営業、そして納入後のアフターサービスまでの管理を含む、継続的にトップライン(売上)をあげていくためのすべての活動であり、企業にとっては中核に据えるべき機能である。P&Gではこのようなマーケティングの戦略的な位置づけを重視し、同社のブランドマネージャーは部門横断的にスタッフを取りまとめる権限と担当商品の最終損益責任を与えられた、極めて強力な存在となっている。
商品の「ポジショニング」の大切さは、マーケティングの基本原理としてよく語られるが、著者は冒頭に述べた各商品について、競合製品とどこが違うか、顧客にどのような価値を提供するのかという問いを、明快に言い表せるようになるまで、禅問答のように問い続ける。消費者調査の結果を踏まえて、場合によっては製品の機能変更を促し、ブランドポジショニングを変えていく。その結果生まれた新しい商品が、消費者の充足されていなかったニーズにぴったりとはまり、その新しい価値を表現するキャッチーなコピーを生み出されたときに、大ヒット商品が誕生する様子を我々は眼にする。
例えば、ウィスパーの例。従来は「モレない」を軸に競争してきた生理用ナプキン市場において、初めて「ドライ感」という新しい価値軸を持ち込み、これを「洗いたての肌着のような感覚」という名キャッチコピーによって表現した(ちなみに、このコピーは広告代理店の男性が娘に商品を体験してもらい、その感想をやり取りしたことから生まれたらしい)。この時点で、ウィスパーのその後の成功は半分以上決まっていたと言えるだろう。また、パンパースの例でも、「モレない」という従来の競争軸から、「赤ちゃんの健やかな成長」に繋がる「スキンケア」という新しい軸に勝負を移し、大成功を収めた。彼女が編み出したこれらの新しいブランドポジショニングは、後に日本発でP&Gグローバルでも適用されるようになる。
このような「ポジショニング」の議論について、著者は成功のためには従来の競争の土俵から脱し、新しい価値を提供して「ゲームのルールを変えること」が大切であると述べている。これは最近話題になった「ブルー・オーシャン戦略」や、ハーバードビジネススクールのクリステンセン教授による「イノベーションへの解」で語られていることと同じである。複数の良質な書籍のなかで同じ内容が述べられていることから、「ビジネスを成功に導くための本質は極めてシンプルなものであり、かつそれは普遍性を持つのだ」、本書はそんなことを思い知らせてくれた一冊でもある。
ドラッカーはマーケティングの目的について、「商品又はサービスが顧客のニーズにぴったり合い、何もせずに自ずと売れるようになるほどまでに深く顧客を知り、理解することである」と述べている。本書においても、著者は繰り返し消費者のグループインタビューやサンプルテストを行うことで、潜在的な消費者のニーズを掘り起こし、新しい価値を創造することに成功したと記している。地道な基本作業を徹底し、繰り返し行うことこそが王道であることを、見事に示してくれている。
私がこれから取り組んでいく生命保険という無形の金融商品サービスと、本書で取り上げられている消費財とは、異なる点が多い。しかし、これまでは消費者の顔を見ずに複雑に作られ、ノルマの重圧に悩む営業員に押し売りされてきた生命保険商品を、消費者の声に敏感に耳を傾けながら、「普通の」消費財として設計し、売ることができたときにこそ、私の事業は成功するに違いない。本書を読んで、そのように勇気づけられた。
2.人生で感銘を受けた本 岩瀬大輔
○「ルービン回顧録」ロバート E.ルービン著 ジェイコブ・ワイズバーグ著
古賀林 幸訳 日本経済新聞社 2005年7月
http://www.creage.ne.jp/app/BookDetail?isbn=4532165156
近年、米政界におけるゴールドマン・サックス出身者の活躍が目立つ。2006年6月、前会長のヘンリー・ポールソンが第74代合衆国財務長官に就任した。彼のゴールドマンにおける前任者のジョン・コーザインは、上院議員を経て今年1月にニュー・ジャージー州知事に当選している。さらに、コーザインの前任者であるスティーブン・フリードマンは、2002年から2005年まで、大統領補佐官(経済政策担当)を務めた。
コーザインははじめて上院選への出馬を表明したとき、「政治は素人でないか」と聞かれ、「What are you talking about? I worked for Goldman Sachs (ポリティックスは嫌というほどやってきたぜ)」といった趣旨のことを答えたとされている。彼が冗談めいて挙げた「社内の権力闘争で磨かれた政治力」に加え、金融・経済に関する知見、国内外における強力な人脈、豊富な資金力を有することが、彼らが政治の世界でも即戦力となりうる理由なのだろう。
著者であるロバート・ルービンはゴールドマン・サックスのトレーディング部門責任者から共同会長を経てワシントン入りし、NEC(国家経済会議)議長、そして財務長官としてクリントン政権下の経済繁栄を支え、数々の国際金融危機の波を巧みに舵取りしたことで、名財務長官の一人として名を残した。本書はルービン自身がその半生を振り返った自叙伝であるが、紙面の大半は26年過ごしたウォール街時代の体験よりも、ワシントンにおける6年半の出来事の回顧に割かれている。
本書は1990年代後半に起こったメキシコやアジア、ロシアなどの金融危機について、米国の政策担当者がどのように状況を認識・分析し、どのようなロジックで金融支援パッケージを組み実行するに至ったか、国際金融の舞台裏を知る上では格好の書物である。
救済が惹き起こす投資家のモラルハザード(債務不履行前のロシアについては、市場関係者の間では"too nuclear to fail"と言われていたとのこと)、あるいは債務が弁済されない場合における政権の政治生命のリスクといったマイナス面と、金融支援を実行することによって守られる国際金融秩序と米国経済にとっての便益といったプラス面。双方を厳密に分析・検討した上で、大型の金融支援に踏み切るまでの一連の過程が、米国議会のキーマンや各国の政策担当者となされた対話や駆け引きを含めて、詳しく再現されている。
このような優良な経済書としての側面に加えて、私が本書に大きな感銘を受けたのは、一人のプロフェッショナルとしてのルービンの世界観と独自の意思決定の手法である。原著のタイトル"In an Uncertain World"が示すように、本書を通じて語られるルービンの世界観とは、この世に100%確かなことはなく、我々は絶えず不確実性と対峙している、というものである。そして、このような不確実性を前提とすると、いかにして意思決定プロセスに規律をもたらし、それを最良化するかが大切になる。
ルービンはどこに行っても、ロースクール以来愛用している「リーガルパッド」なる黄色いメモ用紙を持ち歩いている。意思決定をする前に常に複数の当事者の話を注意深く聞き、当該論点についてのメリット・デメリットや異なる立場からの理由づけを網羅的に理解すべく、メモを取り続ける。必要であれば好んで devil's advocate たる役割を演じ、あえて自分と異なる立場からの反論を試みることによって、事象の本質に迫らんとする。必要に応じて賛成意見の側にも反対意見の側にも立つというのは、ロースクールで学び、数年間コーポレートロイヤーとして活動した法律家としての訓練の賜物だろう。
このように相違する立場に立って議論をする習性に加えて、ルービンはゴールドマンの裁定取引部門でトレーダーとしての修練を積んだことによって、意思決定を常に risk/reward で考える、確率論的あるいは期待値ベースともいうべきアプローチで行うようになった。本書の中でも例としてあげているが、仮にマイナスの場合の結果が-6、プラスの場合が+3であったとしても、それぞれが発生する確率が2対8であれば、期待値ベースでは-1.2と+2.4であり、合理的な意思決定としては「Go」ということになる。このような思考プロセスを、あらゆる意思決定において徹底して実行することによって、個別の結果はともかく、総和としての集積した意思決定がより好ましい結果を導く、と考えるのである。
この習性が、彼を世界経済に大きな影響力を持つ米国財務長官のポストにおいて、卓越したリスクマネージャーならしめたと考える。ルービン自身も述べているが、意思決定の結果が吉と出るか否かは、ほとんどの場合予測不可能だ。とすれば、合理的な意思決定者としてはコントロール不能な個別の結果にこだわるのではなく、自ら律することができる意思決定のプロセス自体を、厳格に管理すべきなのだろう。そして、このようにシンプルでありながら強力な指針を自ら明確に持ち、それを一貫して実行していることが、ルービンの本質的な「凄さ」であると感じた。
グローバル化したマネーの流れが膨張した今日において、政府の大きな役割の一つはリスクマネージャーとしてのそれであると考えるべきである。新たに財務長官に就任したポールソンも、在任中にゴールドマン・サックスの自己勘定投資ポジションとそれに伴うリスクを積極的に拡大したことによって、同社の現在の繁栄を築いたとされ、"Mr. Risk"とも呼ばれたことがある。この人事は、米国がこのような金融のリスク管理を重要視していることの現れであろう。翻ってわが国を見るに、このように長年市場と向かい合い、その息遣いまでも敏感に感じ取り、リスクを管理できる人間が中央政府にどれだけいるだろうか?かようなリスク感覚の欠如が、わが国の国際金融分野における更なる影響力低下に繋がらなければよいのだが・・・。
ルービンにとって、彼の世界観とdecision makingの手法は、単なるmethodologyではなく、人生のprincipleと呼ぶに相応しい粋までに高められている。それは自身の意思決定を導く「ブレない軸」であり、幾多もの困難な局面を乗り切る指針となっている。私たちは、このように状況如何を問わず、自分にとって正しい意思決定を導くための拠りどころとなるprincipleを持っているだろうか?それを持たずに場当たり的な意思決定をしているならば、どこかで壁に当たってしまわないか?個人として信念を持つことの大切さと、自分がそのようなものを果たして持っているのか、本書を通じて改めて考えさせられた。
-----------------------------------------------------------
岩瀬大輔(いわせ だいすけ)略歴
1997年司法試験合格、翌年東京大学法学部を卒業。ボストンコンサルティンググループ、インターネットキャピタルグループ、リップルウッドを経て、2004年よりハーバードビジネススクールに留学。2006年、同校を上位5%の成績最優等者として卒業(MBA with High Distinction, Baker Scholar)。帰国後は、ネットライフ企画株式会社取締役副社長として、新しい生命保険会社の設立準備に従事。著書に、「ハーバードMBA留学記」(日経BP社 2006年11月)。日経ビジネスオンラインにコラム「投資ファンドは眠らない」(http://business.nikkeibp.co.jp/article/money/20061010/111397/)を連載中。
-----------------------------------------------------------
ご案内
「ハーバードMBA留学記」岩瀬大輔著 日経BP社 2006年11月
http://www.creage.ne.jp/app/BookDetail?isbn=4822245527
本書は、私がハーバードビジネススクールに留学した2年間を通じて感じたことを書き綴ったエッセイ集です。MBAの授業内容紹介に止まらず、東海岸のエスタブリッシュメントの一角にいたことから見ることができた米国社会や、そこから見た日本社会のあり方について書いております。内容は、リーダーシップと倫理教育、アントレプレナーシップ、グローバリゼーション、ソーシャルアントレプレナーシップ、ファンド資本主義、キャリア論など多岐に渡っており、MBAに感心がない方にとっても興味深くお読み頂ける内容になっているのではないかと考えています。私は今年で30歳になりましたが、日本の若者がアメリカに渡り、発見したアメリカ、再発見した日本の記録として、多くの方々に手にとって頂ければ幸いです。
-----------------------------------------------------------
[編集後記]
岩瀬大輔氏には知人の紹介でメルマガ執筆を快諾していただいた。30歳とメルマガ最年少記録を更新した。若手起業家のエネルギーを感じる。アメリカのダイナミズムを肌で感じた若者の日本での活躍が、日本再生に繋がることを期待したい。
-----------------------------------------------------------
日経ビジネスオンラインの連載記事第3回が掲載されました。
第1回はヘッジファンド、第2回はバイアウトファンドについて書いたので、次はどうしようかなーと考えていたところ、ヘッジファンドもバイアウトも両方やっている大手alternative asset management firm の Fortress Investment Group が株式公開をしたというニュースを思い出して、その目論見書を引っ張り出してみて、「巨大ファンドの素顔」ということで書いてみました。
財務内容などを見てみると、「運用報酬がすごい!」という当たり前の反応なのですが、そこから一歩先へ進めて、「(本来公開になじまない)投資ファンドが上場することの意味は?」というところをファンド関連の友人知人と議論して、面白い分析ができたのではないかと思っています。
日経ビジネスオンライン、掲載当日以降の購読には会員登録が必要ですが、他にも面白い記事がたくさんありますので(アメリカでは有力なビジネス誌がウェブで読めるのだが、日本では日経BPのみ)、ぜひ登録してみてください!
「戦略コンサル→VC→PEという華やかなキャリア」
最近露出が増えてきて、このような紹介をされることがたまにある。だが、30歳にして4社目に突入した僕は、プロフェッショナルとしてのtrack record 実績で胸をはれるものは、これまでのところほとんどない。確実にいくつもの案件をこなしてきた同年代の友人たちや成功している起業家の方々に比べると、プロフェッショナルとしては意外と「遅咲き」だと思っている。
最初のコンサルティング会社ではなかなかプロジェクト配属に恵まれず、プロジェクト終了時に渡される「通信簿」で高い評価をもらったのは3人の同期の中で一番遅く、辞める直前だったように記憶している。転職したベンチャーキャピタルでは、1件も投資に絡むことができないまま、米国本社がアジアからの撤退を決めた。留学前に移った投資ファンドには2年半在籍したが、やった買収案件もたった一つだけ。3社で色々な経験はすることができ、またハーバードMBAなぞに行ったから、経歴?ばかりはよさそうに見えるのだが、実務での実績でいうと本当にまだまだ何もできていないわけです。
前の会社の上司からよく言われたこと。キャリアは長期戦だ。若いうちに輝けるのはいいことだが、それ以上に10年後、20年後、30年後と自分が輝いていられることが大切だ。だから、焦ったり、飛ばしたりするな。ゆっくり急げ。
そんな彼に教わった言葉で一番好きなのが、「得意淡然、失意泰然」。調子がいいときは、おごることなく淡々とやれ。調子が悪いときは、落ち込むことなく、大きく構えよ。そんな意の言葉は、今でも大変印象に残っている。自分はついつい調子に乗りやすいから、気をつけなきゃ。すぐに結果が出なくとも、思うように行かなくとも、焦ることなく淡々と努力を続ける、そういう心構えはできた。
実務での実績が少ない僕に、ワクワクする新規事業の重責を担わせてくれた投資家の方々には、感謝をしても仕切れない。あとは、自分ができることを、こつこつとやっていくだけだ。昨夜はその上司と忘年会で遅くまで苦手なカラオケをしていて(中学時代からJ-Popsを聞かなくなったので、古い歌しか唄えない・・・)、そんな思いを新たにしたわけだ。
そんなわけで、、、
Everyone have a great weekend!
(明日のRTCカンファレンスに来られる方、パネルディスカッションのあとに声をかけてください~)
最近のコメント