ビジネスとソーシャル・イシュー(「社会問題」と訳してしまうと少しニュアンスが違うので、あえて英語のママ)との交差は、HBS留学中にもっとも刺激を受けた領域の一つであり、拙著『ハーバードMBA留学記』のなかでも一章を割いて論じた。
このテーマについて新しい視点を示し、2006年度のHBR(ハーバードビジネスレビュー)論文大賞に輝いたのが、マイケル・ポーター教授らによる論文 "Strategy & Society"である(期間限定でダウンロード可能)。これまでのように、CSR(企業の社会的責任)を企業に課せられた「責任」と捉えるのではなく、競合優位性を築くために戦略的に取り組むべき「機会」である、とした点が目新しい。
曰く、企業が社会的な問題に取り組もうとする際に、選択肢は無限にある。それは自社の事業とは関係ない一般的な問題から(例えば、「途上国の貧困撲滅」「アフリカ大陸のAIDS対策」は重要であるが、一般の日本企業にとっては直接関連を有さない問題である)、事業運営に直接影響を及ぼす問題、及び自社の経営如何によっては積極的に解決に取り組んでいける問題まで、さまざま。
企業は自社のリソースも限られているのだから、自社の競争優位に結びつけることができるソーシャルイシューに特化して戦略的にCSRに取り組むべきである、というのが本論文の主張。
例えば、マイクロソフトにとっては若い優秀なIT人材の確保は、中長期的な自社の競争力を決する、重要な課題である。そこで、彼らはコミュニティカレッジ(公立の大学)に5年間で5千万ドル(約60億円)を寄付して、自社の従業員を派遣し、IT人材の育成に取り組んでいるそうだ。これは単なる寄付に終わらず、自社人材の研修にもなるほか、中朝的には彼らの労働力確保という戦略的な意義もある。
また、ネスレはインドでの事業を展開するに際し、サプライヤーとなる地方の農村に医療・衛生などの社会的なインフラストラクチャーを作ることに貢献し、結果的に安定した高品質・低コストの供給業者を確保することができている。
これらの点を、彼がこれまで20年強ものあいだ提唱してきた各種の企業戦略分析フレームワークを使って説明しているところが、当初に提示した論理的フレームワークが、いかにrobust堅牢なものだったか、ということを物語ってもいる。
このように社会活動を一部の企業広報的に扱うのではなく、自社の戦略の中核に据えていくことの重要性は、今後ますます高まっていくことだろう。皆がうすうす感じている「CSR」の胡散臭さを具体例とともに論理的に指摘し、それに代わって企業が競争に勝ち抜いていくためにやるべきことを明確に示している点が、ポーター教授のすごいところだ。
これを我々の生命保険事業に当てはめると、色々面白いアイデアがありそうで、ワクワクしてきた。「保険会社は紙を大量に消費するので、紙をあまり使わないビジネスモデルを選びます」というのもいいが、(目的は崇高であっても、実際に生保会社が消費している紙の量は、国内の年間紙消費量の1%くらいなので、あまりインパクトはないため)、もっともっと迫力と社会的インパクトがある企画を考えなければならない。
誰しも理論を学び、納得することはできるが、それをリアルビジネスに落とし込むところに、実際の難しさがあるものだ。したがって、本論文を丁寧に読み返した後にもう一度、頭をすり減らして知恵を絞って、新しい商品サービスの提供につとめたい。
それでは、enjoy your long weekend! 我々は、5月1日に引越しです・・・
オックスフォード大で博士をしていた時に同僚が、マイケル・ポータ教授のフレームワークを説明してくれたのを思い出しました。
今になって、CSRと絡めて説明されると、非常にやくに立ちます。その事について書かせていただきました。
http://d.hatena.ne.jp/euro-envi/20070716
投稿情報: euro-envi | 2007年7 月17日 (火) 08:02
こんにちは。「留学記」の頃から気になって読ませていただいていました。私は広告の仕事(一介のサラリーマン・クリエイターですが)をしていますが、やはりどこかで社会的な貢献につながることができないかと常々思っていました。しかし現実はなかなか厳しい(まず自らのサバイバルというのもありますし)のがビジネス。「義務」ではなく「機会」として捉えるという視点はとても新鮮ですね!論文にも一度目を通してみたいと思います。
岩瀬さんのHBSとはレベルが違うかと思いますが、私も2000年頃NYUでメディア関連のプログラムを学んでいました。いろいろな国の人間が集まって頭の中身や感覚をやりとりする機会というのは本当に面白いと感じました。ミュージック・セラピーを学ぶ友人もいましたよ。時間は経ってもあのときの熱のようなものは、いまだ自分の原動力の一部になっています。今後もご活躍を!
投稿情報: TRASHBOX | 2007年4 月29日 (日) 11:11