文庫版のためのあとがき
2008年5月16日。卒業してから間もなく2年が経とうとしていた。この日、僕は神保町の学士会館にて、100を超える報道関係者を前にプレゼンテーションを行っていた。開業を数日後に控えた新しい生命保険会社、「ライフネット生命」の創業者の一人として。
営業すら開始していないベンチャー企業としては異例の注目を集めたこの会見は、実に73年ぶりとなる、保険会社の系列には属さない「独立系」生保誕生というニュースへの期待の大きさを表していた。いくらか緊張した顔つきでフラッシュを浴び、報道陣の質問に答えながら、僕は初めてボストンの地を踏んだ2004年の夏のことを思い出していた。
あの夏にたまたま書き始めたブログが呼び水となって一人の投資家に出会い、彼に恋をしたような気持ちになり、誘(ルビ:いざな)われるままに、父親と同じ齢の60歳のパートナーと二人で132億円もの資本金を調達し、新しい生命保険会社を立ち上げることになった。
遠い昔、母を女手一人で育て上げた祖母に、長年に渡って安定した雇用を提供し続けてくれた生命保険業界。自分がこの業界のありようを根底から問う、新しい事業を立ち上げることになるとは夢にも思わなかった。もしかしたらこれもすべて、留学のずっと前から決まっていた、「計画された偶然性」なのだろうか。
金融資本主義を超えて
本書の舞台となる2004年から06年の米国経済は、後講釈ではあるが、世界的な過剰流動性を背景に発展した信用バブルと、社会の様々な矛盾を覆い隠すために政策的に促進された住宅バブルが限界水準にまで膨張し、破裂する寸前の状態にあった。市場参加者は誰もがその危険性を認識しつつも、この春があと少しばかりは続くだろうと自分に言い聞かせ、せめて音楽が鳴っている間は目いっぱい踊り続けようと、躍起になっていた。キャンパスではウォール街の講演者が「HBS卒業生の人気就職先となった業界はバブルであり、必ずしや崩壊する」と語ると、聴衆の学生はどっと笑いで沸き、応募は減るどころか殺到した。
2007年夏ごろからいよいよ燻(ルビ:くすぶ)りはじめ、2008年春から秋にかけて一気に燃え上がった金融危機は、米国経済に1930年代の大恐慌以来といわれる大打撃を与えた。パーティは遂に終わったのである。その一連の過程は日本のバブルに酷似し、既視感さえ伴うと言われたが、1990年代の日本のバブル崩壊と大きく異なるのは、グローバリゼーションの進展によって有機的に繋がった世界各国の経済を道連れにして、倒れていったことである。
この間、連合軍統治下にあるイラクは混乱を極め、ブッシュ政権の独善的な対応もあいまって、米国は国際社会における尊敬と信頼を失いつつあった。その威信が政治的にも経済的にも失墜していく中、4年に1度の大統領選を迎えた米国民は、わずか2年の国政経験しか持たない黒人法律家を自国の新たな指導者として選んだ。
このように見ると、米国の社会経済を取り巻く状況は、2004年~06年当時から大きく変わったようにも思える。
しかし、今回、文庫本化の作業に当たって本文を丹念に読み返してみて感じたのは、本書を通じて語られている米国資本主義の裾野の広さとダイナミズムが、金融バブルの崩壊後もなお失われておらず、むしろ焼け畑の中に残った鉄筋コンクリート建物の構造部分のように、依然として力強くそびえ立つ、ということである。
(以下、略)
文庫本絶対買います!!笑
連休はNHKのハゲタカ再放送やっており、ソロモンブラザーズの元会長が昨今の投資銀行が起こした一連の騒動に言及しておられたのが興味深かったです。
たしか御社の投資家もソロモン出身の方が多いですよね。
投稿情報: ショウタンマン | 2009年5 月 6日 (水) 20:51