先日開催された保険学会の全国大会で、「生命保険全般に不招請勧誘の禁止を適用すべき」との主張を展開され、業界関係者を驚かせた弁護士の上柳敏郎先生(発表レジュメはこちら)。学生時代からの友人で、現在 Human Rights Watch の東京オフィス代表として奮闘している土井香苗氏が同じ事務所だったので、紹介を依頼し、ご挨拶に伺ってきた。
不招請勧誘の禁止は、もともとは外国為替証拠金取引について導入されたものであるが、「金融商品取引契約の締結の勧誘の要請をしていない顧客に対し、訪問し又は電話をかけて、金融商品契約の締結の勧誘をする行為」を禁止するものとして、金融商品取引法38条3号で規程されている。現時点においては保険商品で不招請勧誘の禁止の対象になっているものはない。
発表されたペーパーの中で、上柳先生は以下のように主張されている:
「・・・不招請勧誘の禁止の保険分野への導入は、消費者の不測の損害を回避するためだけではなく、保険商品のビジネスモデルに対しても大きな意義があると考え、特定保険はもちろん保険商品全般について実施されるべきであると考える。
不招請勧誘の禁止もとでこそ、リスクとリターンの配分ないしポートフォリオや、保険商品と投資商品の配分について、真に消費者主導となる。これは、金融商品全般について市場の価格形成機能が発揮されることでもある。
保険商品についていえば、募集人や代理店の積極的な勧誘によって購入意欲を喚起する手法ではなく、商品設計や募集主体の健全性についての競争を実現することになる。」
「お客さまから要請されない限り、営業をしにいっちゃだめ」というのだから、営業を活動の中核に据えている生命保険業界からすると、天地がひっくりかえるような提案だろう。実際、保険学会でも厳しい批判の声があがったそうだ。
現状では、生命保険の売り手と買い手の間で情報・理解の大きな格差が存在し、両者が対等な立場で向かい合って商品の吟味や選定が行わていないことは自明である。保険商品選定にあたって、営業員の
営業トークの巧みさ加減ではなく、保険の商品性にお客さまを注目させるために、「プッシュ営業を禁止する」というドラスティックな政策を取ることは、市場の価格形成機能を発揮させるにあたって、一定の効
果が期待できるだろう。
業界側からの批判は、大きくわけて3つ考えられる:
- そもそも営業の自由(憲法上の経済活動の自由)を抑制するものであるから、慎重に考えるべきである
- 生命保険の需要は営業行為によって喚起されるものであり、生命保険の必要性を外交員が説いてまわることはむしろ国民のためになる。特に若い人の間で生命保険の未加入者が増えていることを考えると、生保の営業行為を禁止することは、国民にとって大きな不利益となる。
- 外交員の雇用をどう考えるのか。無責任だ。
第一点についてはその通りだが、大きな公共の利益を達成するためであれば、政策的に募集・勧誘行為の態様を規制することは、必要かつ相当である限り認められるべきだろう。但しここでは、「大きな公共の利益」と「必要かつ相当」を本当に充足することができるのか、がミソ。
第二点については、世帯加入率が9割近いいま、本当にそれが必要なのだろうか?仮に必要だとしても、「消費者の啓蒙」が目的であれば、外交員による営業以外にも他の手段があるのではないか?国民は、生保の外交員がプッシュ営業を辞めたからといって、本当に困るのだろうか?
第三点については、産業政策というか、まったく別の議論だろう。外交員の雇用を確保することが重要な政策目的か否か、議論をする必要があるし、仮にそうだとしたら、ビッグ3への公的資金注入ではないが、誰がどのようにコストを負担すべきか、明示した上で議論すべきであろう。
業界から大きな批判の声があがりそうな主張は、業界人になってしまった私などはうかつに口にできないのですが、消費者問題を扱ってきた弁護士の先生による多面的な分析を伴うと、相当に説得力があると感じた。
神保町にある事務所を出ると、なんだか見覚えのある光景・・・これは、以前に来たカレー屋の隣のビルではないか!ということで、予想していなかった展開なのだが、そのまま階段を上って、一人で至福の「神保町カレーランチ」を堪能して、帰ってきました。これだけで、今週は幸先がいい気がする。
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