「ルール・ベースとプリンシプル・ベースというのは発音しにくい言葉で、先日もそう言おうとして"ベーブ・ルース"と言っちゃった人がいました。」
ではじまるように、知性とユーモアあふれる「大森節」が痛快に見られる、"New Finance" 2008年7月号掲載の論文をはじめとする、金融庁の大森氏(総務企画局・企画課長)のインタビュー記事や他の論文を読んで、あらためてプリンシプル・ベースの経営とは何か、考えさせられた。
考える出発点として、そもそも、金融庁が14の「プリンシプル」を策定するにあたって参考にした、本家本元の英国FSAの "The Principles"を開いて見た。こちらは極めてシンプルでありながら、それでいて重たい:
"1. Integrity. A firm must conduct its business with integrity."
「インテグリティ」ではじまるのがいい。この言葉は、「誠実、正直」という意味だけではなく、「高潔、品位」というニュアンスを含むので、大好き。「金融業という公共性の高い職業に就くものが負う重たい責任に伴う、高い倫理感が求められる」といった趣旨を、冒頭に声高く宣言しているわけである。全体を貫く精神的規定となっている。
これに比べると、金融庁の「プリンシプル」の出だしはインパクトが弱いと感じた:
「1. 創意工夫をこらした自主的な取り組みにより、利用者利便の向上や社会において期待される役割を果たす。」
また、全体を通じて、元祖 The Principles と金融庁版の大きな違いは、本家本元がきわめてシンプルな考えの幹を述べるだけに留まっているのに対して、わが国のそれは、前置きをつけてみたり、「具体 的なイメージ」などを付加して細かく述べている結果、(かなり詳細にルールの運用基準を述べている)監督指針のサマリー版のようなものになってしまってい る点だろうか。
たとえば、英国版では
"4. Financial prudence. A firm must maintain adequate financial resources."
(金融業者は「適切な」財務基盤を有しなければならない)
"5. Market conduct. A firm must observe proper standards of market conduct."
(金融業者は市場の行動規範を「きちんと」守らなければならない)
と述べるにとどまり、何が「適切か」「properか」は、それぞれが考えることになっている。
これに対して、金融庁の該当箇所は、例えば市場参加者としての行動規範だけについても、
「2. 市場に参加するにあたっては、市場全体の機能を向上させ、透明性・公正性を確保するよう行動する。
【具体的なイメージ】
① 法令、自主規制等の遵守
② ベストプラクティスの追及、必要に応じ自己規制等の改善に努め、市場の効率性など機能向上のために貢献
③ 市場の透明性・公正性を害する悪質な行為に対して厳しい態度で臨み、市場の透明性・公正性確保のために貢献」「9. 市場規律の発揮と経営の透明性を高めることの重要性に鑑み、適切な情報開示を行う。
【具体的なイメージ】
① 市場への適時・適切な情報開示
② 多様な利害関係者への適時適切な情報開示」
と、ちょっと長い文章が続いている。
私が個人的に、英国版でもっとも大切だと思ったのは、以下の部分である:
"7. Communications with clients. A firm must pay due regard to the information needs of its clients, and communicate information to them in a way which is clear, fair and not misleading."
(金融業者は顧客がどのような情報を知りたがっているかについて十分顧慮し、情報を明確・公平で、そしてミスリーディングでない(誤解を招かない)方法で伝えなければならない)
ここのポイントは、
- 顧客が知りたいと思うであろう情報が何か、できるだけ配慮しよう
- それをミスリーディングでない形で伝えよう
ということではないか。そこから、どのような情報を開示すべきか、そしてそれをどのような形で伝えるべきか、ということが導かれよう。なお、日本版では、
「4. 利用者の経済合理的な判断を可能とする情報やアドバイスをタイムリーに、かつ明確・公平に提供するよう注意を払う。
【具体的なイメージ】
① 利用者の判断材料となる情報を正確・明確に開示し、実質的な公平を確保
② 適合性の原則
③ 利用者に真実を告げ、誤解を招く説明をしないこと」「5. 利用者等からの相談や問い合わせに対し真摯に対応し、必要な情報の提供、アドバイス等を行うとともに金融知識の普及に努める。
【具体的なイメージ】
① 可能な限り利用者の理解と納得を得るよう努力
② 相談、問い合わせ、苦情等の事例の蓄積と分析を行い、説明態勢など業務の改善に努力
③ 正しい金融知識の普及」
となっている。
やはり「プリンシプル」という以上は、できるだけ数を少なく、ひとつひとつの文章も短く、本質的なものだけに絞り込んで、いくばくかの「余韻」を残した方が、相手方の判断力を信頼した「大人な」対応、「センスのいい運用」を導くことができよう。今回出された14のプリンシプル(と39の「具体的なイメージ)は、まだ相手方の判断力に対する信頼が十分なく、旧来の行政のマインドを残したまま書き上げた、過渡期的なものであると感じた。
当局もどのようにして実効性のある「プリンシプル・ベース」の行政を行っていくか、頭を悩ませられているだろうし、当局と業界側、そして利用者(=自己責任原則の徹底)が三位一体となって成長していかなければ、理想的な姿にはたどり着けない。
大森氏の各方面での積極的な発言(こちらのエントリーもご参照)は、我々業者側に対して「自分の理念と判断力を信じてやってみろ!」という激励のメッセージであると受け止めた。しかし、そのためにも、当局サイドも業界側を信用している、という「大人扱い」をしているポーズをとらなければ、当分はおそるおそるの運用にならざるを得ないのかも知れない。
ご当局の仕事を批評するなんて、かなり生意気なことを書いてみましたが、これも私のprinciple based ということで、お目こぼしを頂ければ。
それでは、皆さん、よい週末をお過ごしください!
岩瀬さん、
上記の武田薬品工業による行動指針や経営理念などは名文で、立派なものです。生保にも適用可能と思はれる。したがい、FSA英語を直訳する必要はありません。ご意見は?
投稿情報: snowbees | 2008年8 月14日 (木) 18:00
http://www.takeda.co.jp/about-takeda/corporate-philosophy/article_61.html
投稿情報: snowbees | 2008年8 月10日 (日) 07:16