2000年、出張でアメリカのベンチャー企業を回ったときに感じたこと。エンジニアなのに、金融の人間の言葉を話せる人間がたくさんいる。技術の深い話をしたあとに、EBITDAやら優先株の話を、ペラペラとする。堂々としていて、プレゼンテーションも交渉も上手い。聞くと、MITのPhDとMBAを両方持っているとか、StanfordのMSとMBAを持っているという人間が、ざらにいる。
翻って、中学・高校時代の友人の「元祖パソコン少年」らを見ると、いまは立派なエンジニアに育っているが、どうもビジネスセンスや、ビジネスパーソンとしての力強さに欠ける気がする。プレゼンも上手じゃない。この違いはどこに由来するのだろうか。当時、何度も考えさせられた。
そもそも、「ギーク」(技術者)と「スーツ」(経営者やビジネスマン)の間には「永遠に分かりあえない」という大きな溝があるのは、日本だけでなく米国でも同じかもしれない(たとえば、梅田氏のこのエントリー参照)。「わかりあえない、なんて生易しいものではなく、互いに憎しみあっている場合も多い」とまで言っている。
それでも、これからの時代、何か大きなものを生み出すのは、両者が双方のことを理解したときである。にもかかわらず、日本語では両者の間をつなぐような文献は、少ない。
そんななか、梅田氏が果たしているのは、両者の間を「翻訳」する通訳のような役割である。だからこそ、「ウェブ進化論」は大ベストセラーになった。おれたちのことをもっと知ってほしい、というギークたちと、何か気になるあいつらのことをもっと知りたい、というスーツたち双方のニーズにどんぴしゃで当てはまった。
そして、「小飼弾のアルファギークに逢ってきた」(小飼弾著、技術評論社)を読んで、似たような印象を受けた。これはむしろ、「スーツのためのギーク入門」である。ギークと呼ばれる人たちがどんな人種なのかを知るためには、格好の一冊である。
いや、それはもはや、スーツがギークの生態を、好奇心を満たすために「盗み見」するためのようなものであってはならない。小飼氏が冒頭で語っているように、
彼らがどんな世界を目指しているのか。それを知ることは、今後の世界がどこに向かうのかを占うのに必ず役に立ちます。なぜなら、彼らは「世界はこうなる」に満足せず「世界をこうする」人々だからです。(p5)
本書は初心者向けに、基本的なテクノロジー用語を逐一解説していることからも、従来よりも幅広い読者層を取り入れようとする意思がうかがえる。それでもなお、技術談義に華を咲かせる個所は、スーツ読者にとっては、解読するのは容易でない(私にはできなかった・・・)。
ただ、その熱い会話がなされていることは、風を浴びるように、肌でその空気を感じ取るようにすることだけでも、彼らの世界を理解するための小さな一歩は踏み出せるのではないだろうか。
そして、スーツ読者にとってより直接的に胸を打つのは、アルファギークたちの仕事にかける姿勢である。そこには、もはやギークかスーツかの違いはない。腕一本で、世界を舞台に戦う、プロフェッショナルとしての姿がある。これほど真剣勝負で、裸で世界を相手に戦っているスーツが、どれだけいるだろうか?彼らこそ、「現代のものづくりの匠」である。
弾 ・・・優れたエンジニアとして重要なのはどんなことでしょうか。・・・
天 俺は自分一人でどこまで作れるかっていうことだと思います。上から下まで自分でどのくらい作れるか。(p184、天野仁史)DHH ・・・僕自身は優れた建築というのは、設計だけでは絶対にできないと思っています。実際にモノを作ってみてはじめて善し悪しがわかります。設計士よりも、大工でいたいのです。(p18、DHH、Ruby on Railsの開発者)
弾 ただのエンジニアとすごいエンジニアを分けるものはなにでしょう?
Resig あえて機能を追加しないことができる人がすごいエンジニアだと思います。すなわち具体的に何が重要であり、かつ何が重要でないかということを理解したうえで、その理解のもとで最適化ができる人。(p142、John Resig)
彼らのレベルに達すると、コーディングは無機質な作業ではなく、温もりがある、文化の香りがしてくる、芸術品の域に高まるのだろう:
弾 ソフトウェアエンジニアとして、技術の知識以外に必要なことは何でしょうか?
Larry 文化、でしょうか。どれだけすぐれたソフトウェアでも、文化をもたないものは普及しません。 (p51、Larry Wall Perlの開発者)弾 ・・・なぜRubyを選んだのですか?
DHH 極端なことを言うと、Rubyが一番美しく自分のコードが書けるからです。(p11、DHH)
成功するプロダクトやサービスを世に出すための、普遍的な原理の指摘もある。
弾 多くのユーザーが利用するウェブアプリケーションですが、開発する上でもっとも重要なことは?
は 勢いですね!
天 あー勢い重要ですね!
は 何か思いついたら、その日のうちに、実際に動くプロトタイプを作っちゃうくらいの勢い。(p186)Evan 私が失敗しても下りずに済んできたのは、うーん・・・諦めの悪さかな。失敗すれば落ち込むけど、失敗というより、過程なんだよね、うまくいくための。失敗しなきゃ、何もわからない。(p82、Twitterの開発者)
「ウェブ進化論」、そして、本書。わが国でも少しずつだが、われわれスーツが、ギークとその世界を理解するための入門書が、整備されてきた。
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